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松山地方裁判所 昭和28年(行)8号 判決

東京都港区赤坂檜町三番地

原告

太陽石油株式会社

右代表者・代表取締役

青木繁良

右訴訟代理人・弁護士

吉田賢一

愛媛県八幡浜市矢野町

被告

八幡浜税務署長

松本武男

右訴訟代理人・弁護士

大西美中

右訴訟代理人・指定代理人

河村幸登

岩部承志

大歯泰文

曾根田一雄

西岡清文

真鍋一市

土居兎志雄

西原忠信

山田二郎

山田俊行

武知茂雄

福永政彦

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一双方の申立て

一、 原告の申立て(請求の趣旨)

1  被告が昭和二八年五月二二日付決定により原告の自昭和二四年四月一日至昭和二五年三月三一日事業年度分の法人税額を六九二万四、八三三円とした課税処分のうち一九万八、五八一円(同事業年度の漁業およびくずしの販売に関する利益金五二万五、七三二円に相当する法人税額)を超過する部分を取消す。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。 との判決を求める。

二、 被告の申立て

1  本案前の申立て

(一) 原告の本訴請求を却下する。

(二) 訴訟費用は、原告の負担とする。 との判決を求める。

2  本案について(請求の趣旨に対する答弁)

主文同旨の判決を求める。

第二双方の主張

一、 被告の本案前の主張

1  原告は、昭和二九年二月一一日付訴状訂正申立書をもつて、従前の被告国を被告八幡浜税務署長に変更したのであるが、従前の被告国に対する請求は

(一) 高松国税局長が昭和二八年九月二九日付の審査決定棄却の通知をもつて、原告に対してなした自昭和二四年四月一日至昭和二五年三月三一日事業年度分法人税額六九二万四、八三三円とする審査決定を取消す。

(二) 八幡浜税務署長の昭和二八年五月二二日付(一)の法人税に関する所得の更正決定を取消す。

(三) 原告に(二)の法人税納付の義務がないことを確認する。 と、 いうにあつた。

2  右請求の趣旨(二)と変更後の請求の趣旨とを対照し、原告がその請求原因として主張するところを合せ考えると、原告は、従前の訴において、被告八幡浜税務署長の原告に対する昭和二八年五月二二日付昭和二四年度分法人税決定処分の取消しを求める抗告訴訟を提起したことは明瞭であり、この場合において、被告適格を有するものは、行政事件訴訟特例法第三条により、処分庁たる八幡浜税務署長であることが明白であるにかかわらず、原告は、行政庁でない国を被告として訴えを提起していたものである。

3  行政事件訴訟特例法第七条は、抗告訴訟において被告の変更を許すことを規定しているけれども、それは、被告とすべき行政庁を他の行政庁と誤つたたんなる被告指定の場合のみに適用すべきものであつて、従前の国を被告とした訴えは、訴訟の形式そのものを誤つたもので、たんに、被告の指定を誤つたものとは言えず、新たに訴を提起することなく被告を変更することは不適法であるから、本訴は却下せられるべきものである。

二、 被告の本案前の主張に対する原告の答弁

1  行政事件訴訟特例法第三条により行政処分の取消し等を求める訴について、別段の定めのある場合を除きその処分をした行政庁を被告とする旨を定めた理由は、その行政庁が当該処分の責任者であり、かつ訴訟遂行上便宜であるによるものであり、本来行政庁は国の機関として行政処分をするのであるから、この種訴えは国を被告とすることが合理的なのであり、行政庁を被告とするのは形式上のことであつて、その実質は国を相手方とするものである。

2  また、行政庁は、かかる訴訟事件について法務大臣の指揮を受けるものとされているところ、一方、法務大臣は、国を当事者とする訴訟においては国を代表して訴訟を遂行することとされており、このことは、ひつきよう国を被告とし、行政庁を被告とするといつても、実質上の当事者はともに国であることを示すものであり、国と行政庁との関係は人格を別にするものと言えないので、本件の場合、被告を変更したことにより実質的に当事者を変更したこととならないから、変更された本訴は違法である。

三、 請求原因

1  被告は、昭和二八年五月二二日付をもつて、原告に対し、原告の自昭和二四年四月一日至昭和二五年三月三一日事業年度分(昭和二四年度)の法人税額を六九二万四、八三三円とする更正決定通知書を同月二八日に送達して来たが、原告は、後記精製石油の販売利益を原告の所得として課税せられることに異議があつたので、同年六月二二日付をもつて、高松国税局長に対し、右決定についての審査請求を申立てたところ、同国税局長は、精製石油の販売益は法人税法上の免税所得に該当しないとの理由により、同年九月二七日付をもつて、原告に対し、右審査請求棄却の通知を送達して来た。

2  しかしながら、右本件課税処分は、つぎの点において違法であり、審査請求棄却決定の理由は誤つている。

(一) 昭和二四年度における原告の所得は漁業およびくずし製造販売に関する利益金合計五二万五、七三二円と精製石油販売に関する利益金とにより構成せられているものであるが、同年度における石油製品の原料油は、後記3のとおり、原告が昭和二一年七月二〇日付をもつて、一キロリツトルあたり二〇〇円の集荷手数料の実費を支払つて、国の原告に対する損失補償として政府から譲渡を受けた三、一四〇キロリツトル(本件原油)の一部であるところ、後記4の理由により、右本件原油を原料とした石油製品の販売利益について被告が法人税を賦課することは徴税上の裁量権を誤つたものである。(請求原因(一))

(二) また、本件原油の昭和二一年七月当時の統制価格は一キロリツトルあたり一、一五〇円で、その総価額は約四二八万三、〇〇〇円であつたから、被告は、後記4の(二)の事由により、原告の自昭和二一年四月一日至昭和二二年三月三一日事業年度(昭和二一年度)の法人税賦課に際して、右価額により本件原油を評価してその益金について課税すべきであつたのに、それをしなかつたので、政府の本件原油に関する課税権は、同年度の法人税申告期間が終了した昭和二二年六月一日から五年後の昭和二七年五月三一日の経過により時効により消滅したから、本件課税処分により、原告の昭和二四年度における本件原油を原料とした石油製品の販売利益について、法人税を賦課することはできない。(請求原因(二))

(三) かりに、右(一)および(二)の主張に理由がないとしても、精製石油の製造原価は、右昭和二一年七月の時価によつて計算し、これと原告が集荷料等として支払うたその取得価額との差額を昭和二四年度における石油製品の販売利益から控除すべきである。(請求原因(三))

3  原告が本件原油を国の原告に対する損失補償として給付を受けた事情は、つぎのとおりである。

(一) 原告は、昭和一六年中に、精油業の経営等を目的として創立せられたのであるが、そのころ、政府から他会社と合併するよう行政指導を受けたのにこれに応じなかつたため、原油の配給を停止せられ工場閉鎖を余儀なくされて終戦におよび、原告の代表者青木繁吉(以下青木という)は、戦時中原告が原油の配給を停止せられて操業できなかつたことによる損失の補償を政府に対し請求していたところ、昭和二一年七月二〇日に、商工省鉱山局長池田欽三郎(以下池田鉱山局長という)と青木との間において示談がととのい、同局長発行の示達書により、国所有の原油を右損失補償として原告に対し給付せられることとなつたのである。

(二) 原告は、前記のとおり、一キロリツトルあたり二〇〇円を政府の代行機関である出光興産株式会社(以下出光興産という)に対し代金名目で支払い、同会社から昭和二一年と昭和二二年にかけて呉市広の旧海軍貯油槽渡しで原油四、〇七〇キロリツトルの引渡しを受け、そのうち九三〇キロリツトルは、これを政府との契約にもとづいてミカド鉱油株式会社へ引渡したのであるが、前記のとおり、昭和二一年当時における本件原油の統制価格は一キロリツトルあたり一、一〇五円であつたから、原告が出光興産に支払うた名目売買代金は代金ではなく、同会社の集荷実費であり、これに運搬費を加算した合計一〇四万八、八三二円〇五銭と右統制価格との差額が補償金となるものであつて、それは、国の原告に対する戦時補償の性質を有するものである。

4  本件課税処分が違法であることの事由はつぎのとおりである。

(一) 原告は、昭和二四年ころ、高松国税局長に対し本件原油の給付が国の原告に対する損失補償であることの事実を具して、もし、それについて課税せられる意向であれば、当時の商工省鉱山局長の証明を得て免税の手続を採るか、あるいは補償の増額を要求する必要があつたので、当局の方針を尋ね、原告が本件原油の受入れのため支出した前記金額を計上した昭和二一年度の決算書類を提出していたのに、同国税局長は、あたかも、原告が不正の手段で本件原油を入手したもののごとく疑い、原告に対し何らの応答も指示もしないで、昭和二八年にいたり、はじめて、昭和二四年度における本件原油を原料とした石油製品の販売利益に課税をしたものである。

(二) そもそも、国の原告に対する本件原油の給付行為は国有財産の処分であるから、政府としては、前記原告の昭和二一年度の決算書類の提出をまつまでもなく、当然当時において右損失補償の事実を知つていたはずであり、被告は、原告の申告がなくても、昭和二一年度の法人税賦課に際し、本件原油の時価を評価して当年度における原告の所得を算出して課税しなければならなかつたものであり、その課税がなされるときは、右原告が本件原油の取得に要した費用の倍額程度の税額で足りたはずであるのに、原油の一キロリツトル当り価格が六、四〇〇円余に騰貴した昭和二四年度における石油製品の販売利益を基礎として、しかも、前記のとおり、原告がはやくより高松国税局長に対しその方針を尋ねておるのに何らの応答も指示もしないで、原告がその利益金を工場の復旧費に充てて支出してしまつた段階において、被告が本件課税処分をしたことは、はなはだしく不当な措置であり、原告の権利に対する侵害にひとしい。

四、 請求原因に対する被告の答弁

1  請求原因一、の事実を認める。

2  請求原因二、以下の主張を争う。

五、 被告の主張

1  原告は、その昭和二四年度分の所得について法人税法第一八条による確定申告書を提出しなかつたのであるが、昭和二七年七月九日付上申書に同年度の貸借対照表、損益計算書及び財産目録を添付して高松国税局長宛提出したので、同国税局長において、関係職員をして右決算書類にもとづき原告の同年度の所得調査を実施させ、原告提出の貸借対照表および損益計算書を後記のとおり一部修正し、法人税決定処理決議を経た後、被告に対し、昭和二八年五月不詳日付をもつて、法人税処理についての指示を発し、被告において、原告に対し同月二二日付、同月二八日送達の標題普通所得金額超過所得金額更正決定通知書をもつて、原告の昭和二四年度の普通所得金額一、二八三万二、四一〇円、超過所得金額一、二四五万二、四三二円と決定することを通知したのである。

2  本件課税処分の内容は、つぎのとおりである。

(一) 被告が原告提出の決算書類にもとづいて調査のうえ修正した貸借対照表は別紙(一)のとおり、同じく損益計算書は別紙(二)のとおりであり、この損益計算書を業種別に区分すると別紙(三)のとおりとなり、この損益計算書の石油の部の販売利益中には石油の精製事業以外の売買益金等がふくまれており、同年度の純利益金すなわち所得は一、二八三万二、四一〇円八三銭であつて、その法人税計算は別紙(四)のとおりとなるものである。

(二) なお、原告提出の貸借対照表および損益計算書の修正科目とその修正の理由は、つぎのとおりである。

(1) 什器 原告 一三万六、一八〇円

修正 二三万二、一一六円

(理由) 原告の記帳上、金属製什器一二万二、九〇〇円、木製什器一万三、二八〇円となつているところ、金属製什器にかかる前期の減価償却費のうち一二万二、七〇七円は、資本的支出として当期に繰延べ、同科目に加算されるべきである。よつて、金属製什器二四万五、六〇七円について償却率一〇・九パーセント(耐用年数二〇年)二万六、七七一円を控除した二一万八、八三六円と減価償却が認められない扱いである木製什器一万三、二八〇円との合計額が二三万二、一一六円となる。

(2) 銀行預金 原告 一万〇、二九五円四九銭

修正 三六万〇、二九五円四九銭

(理由) 原告が定期預金三五万円を記帳していなかつたので、前期から繰越したものとして計上したものである。

(3) 船舶 原告 九九万九、五〇〇円

修正 一五四万一、六八一円

(理由) 原告の記帳上、木船七八万円、耐用年数経過後木船二一万九、五〇〇円、船舶(第八盛漁丸)修繕費八五万九、五五〇円となつているところ、この船舶修繕費は、資本的支出として資産(船舶)に振替えるべきであるから、木船七八万円とともに耐用年数六年、償却率三一・九パーセントとして計算した減価償却費(木船二四万八、八二〇円、修繕費の支出が昭和二五年一月であるから二七万四、一九六円×3/1.2=六万八、五四九円、合計三一万七、三六九円)を控除すると、木船五三万一、一八〇円、修繕費(第八盛漁丸)七九万一、〇〇一円および耐用年数経過後木船二一万九、五〇〇円合計一五四万一、六八一円となる。

(4) 未払金 原告 二、二〇五万三、七〇三円六六銭

修正 二、二〇七万二、八八四円六六銭

(理由) 原告は、未納の取引高税一万九、一八一円を計上していなかつたので、未払金に加算したものである。

(5) 繰越利益金 原告 △ 七万六、八〇四円八三銭

修正 九三万一、六七六円一七銭

(理由) 原告は、前期繰越損金として△七万六、八〇四円八三銭を計上していたのであるが、つぎの各号の利益または損失科目を加算または減算した結果、繰越利益金が九三万一、六七六円一七銭となるものである。

(イ) 前記(1)の什器における前期の超過減価償却費一二万二、七〇七円(加算)

(ロ) 前記(2)の銀行預金における定期預金三五万円(加算)

(ハ) 前記(4)の未払金における取引高税一万九、一八一円(減算)

(ニ) 前期未の決算において仮払金として資産に計上していた漁船春日丸の賄費を前期の損金として振替えた一万円(減算)

(ホ) 前期末の決算において資産に計上していなかつた魚類売掛金四三万八、九五五円(加算)

(ヘ) 前期末の決算において仮受金として計上していた魚類売上金一二万六、〇〇〇円(加算)

(6) 魚類売上 原告 八二四万四、六四四円九一銭

修正 七六七万九、六八九円九一銭

(理由) 原告が前記(5)の(ホ)(ヘ)の前期の魚類売上(売掛)金を当期の収入としていたので、これを除算したものである。

(7) 修繕費 原告 二四〇万八、八六九円九五銭

修正 一五四万九、三一九円九五銭

(理由) 原告が前記(3)のとおり船舶(第八盛漁丸)の修繕費八五万九、五五〇円を費用としていたものを、資本的支出として資産(船舶)に振替えたので、これを除算したものである。

(8) 減価償却費 原告

修正 三四万四、一四〇円

(理由) 前記(1)の什器の減価償却費二万六、七七一円と、前記(3)の船舶の減価償却費三一万七、三六九円との合計額を計上したものである。

3  本件原油の給付は、原告主張のごとく国の原告に対する損失補償としてなされたものではない。

(一) 本件原油四、〇七〇キロリツトルは、原告が政府の代行機関たる出光興産に対し、当時の時価相当の一キロリツトルあたり二〇〇円の代金を支払い配給品として買受けたもので、昭和二一年度中に呉市の岸壁渡しでその引渡しを受けたものであり、原告の帳簿には、その価格が一〇四万八、八三二円〇五銭と記載されているものである。

(二) なるほど、昭和二一年当時の原油の一般価格が一キロリツトルあたり一、一〇五円であつたが、それは、当時国内産原油の全販売権を掌握していた帝国石油株式会社の精製業者に対する引渡価格が一応国内原油の価格を形成していたことによるもので、それは、いわゆる統制価格ではなかつた。

(三) ところで、原油の価格は、そのうちに含有される油精の品質および単位あたりの含有量ならびにその引渡場所のいかんにより差異が生じるのであるが、原油は、これを長期貯蔵する場合、そのうちに含まれている泥分および水分がタンクの底に沈澱し、特に地中タンクにおいては、雨水の流入などのためその傾向が強いので、現在においては、タンクの底に沈澱した泥水油はまつたく商品価値がなく、その廃棄処分に困るほどのものであるところ、当時呉市広地区にあつた旧海軍貯油槽の貯蔵原油はこれに類するものであつたが、当時としては、原油の輸入量が少なく、国内の燃料油が非常に欠乏していたので、このような泥水原油を重油に再精製することとして、業者に配給していたもので、本件原油はその一部であり、一キロリツトルあたり二〇〇円は、当時としてはきわめて適正な価格であつたものである。

(四) 昭和二一年七月にはまだ新憲法の制定をみるにいたつていなかつたので、政府の国民に対する損害賠償ないし損失補償の取扱いは、もつぱら戦前の処理を踏襲していたのであるが、周知のごとく、明治憲法下においては、適法な権力的行政作用にもとづく損害については、国が賠償を拒否していたものであり、また、適法な行政行為にもとづく損失補償についても、法令に規定のある場合はかくべつ、本件のような事案については、一切これをおこなわないことを建前としていたのであつて、結局、本件は、政府が戦時中の残油の処理の処分について政府の便宜と原告の戦争中の不遇とをあわせ考慮して、高次の石油行政上の見地から、当時入手困難とされていた原油をとくに原告に対し売却処分したものであつて、原告主張の商工省鉱山局長の示達書の記載がどのような内容のものであれ、その実体は、とうてい法律上の損害賠償、損失補償というにあたらない。

4  本件原油の給付が国の原告に対する損失補償であるなしにかかわらず、法人税賦課の取扱いとされている、または当時なされていた要領は、つぎのとおりである。

(一) 法人税における各事業年度の所得は「各事業年度の総益金から総損金を控除した金額」によつて計算し(昭和二二年法律第二八号法人税法第九条一項)、法人の解散、合併のない場合は、右金額を課税標準として、納付または徴収すべき法人税額を決定することとなつており(同法第八条)、ここにいう「総益金」とは、法令により別段の定めのあるもののほか、資本の払込み以外において純資産増加の原因たるべき一切の事実を指すものであり、また「総損金」とは、法令により別段の定めのあるもののほか、資本の払戻しまたは利益金処分以外において、純資産減少の原因となるべき一切の事業を指すものとされておるのであるが、「法人の各事業年度開始の日一年以内に開始した事業年度において生じた損金は、法人税法第九条一項の普通所得の計算上これを損金に算入する」として(同法条四項)、損金の繰越しを一事業年度にかぎり認めることとされておる。

(二) そうして、損害賠償ないし損失補償を受けることによる利益も法人税法上これを益金に算入しないとの別段の規定はないので、当然当該事業年度の総益金に算入されるのであり、ただ、賠償ないし補償の原因たる事実が法人税法上一定要件に合致し、納税者において一定の手続を経た場合において、当該事業年度の損金に算入されるに過ぎないのであるが、原告のいう損失の原因たる事実はこれに該当しないし、(一)の損金にもあたらないから、昭和二四年度の所得の計算にかかわりがない。

(三) ところで、原告は、昭和二一年度中に本件原油の配給を受けたのであるが、当時の法人税法(昭和一五年法律第二五号、同年四月一日施行、昭和二二年三月三一日廃止)の扱いにおいても、法人の所得の計算は、右(一)および(二)と同一の原則によつたものであり、もし、本件原油の実価が取得価額を超え実際上の益金があつたとしても、税法上は、それが精製されて現実に販売された時点において、納税者が課税負担に堪えうる状況になつた際、はじめて利益が発生したものとして、これに課税することとしていたものである。

(四) もつとも、当時の扱いとして、一般に、納税者たる法人が棚卸資産の評価益を総益金に算入して所得の申告をした際には、その評価益が課税の対象とせられていたけれども、棚卸資産の評価損益の計算は、その資産の前期末の価額と比較することが必要であるところ、それは容易でないので、税務署側から進んでその評価をすることはしていなかつたのである。

六、 被告の主張に対する原告の答弁

被告主張2の別紙(三)の業種別貸借対照表のうち漁業の部およびくずしの部の計算関係が、被告主張のとおりであることを認める。

第三証拠関係

一、 原告の申出でた証拠方法および書証に対する被告の認否

1  書証-付記は被告の認否

(一) 甲第一ないし第七号証、第九号証、第一二号証の一ないし三 成立を認める。

(二) 甲第一三号証の一、二 原本の存在とその成立を認める。

(三) 甲第八号証の一ないし四、第一〇号証の一、二、第一一号証 知らない。

(四) 甲第一四号証の一ないし三 原本の存在とその成立は知らない。

2  証人

池田欽三郎(第一、二回) 吉田賢一 石井宗一 丸市幸吉(第一、二回) 安部正広 川端文雄 久万勝成 林憲禎 田村克城 久万俊馬 牧野康平 向井亨

二、 被告の申出でた証拠方法および書証に対する原告の認否

1  書証-付記は原告の認否

(一) 乙第一ないし第五号証 第六号証の一ないし七 第七、第八号証 第九号証の一ないし四、第一二号証の一、二 第一三号証 成立を認める。

(二) 乙第一〇号証 成立と原本の存在を認める。

(三) 乙第一一号証 知らない。

2  証人 福島貞好

理由

第一本訴の適法

一、 記録によると、原告は、昭和二八年一二月二八日受付の訴状において、国(代表者法務大臣犬養健)を被告として

1  高松国税局長が昭和二八年九月二九日付をもつて、原告に対してなした原告の自昭和二四年四月一日至昭和二五年三月三一日事業年度分法人税額六九二万四、八三三円とする趣旨の審査請求棄却決定を取消す。

2  被告が昭和二八年五月二七日付をもつて、原告に対してなした1の法人税の所得更正決定を取消す。

3  原告が、2の法人税を納付する義務がないことを確認する。

4  訴訟費用は、被告の負担とする。

との趣旨の判決を求めて提訴したのであるが、昭和二九年二月一一日受付の訴状訂正申立書をもつて、被告を八幡浜税務署長大蔵事務官結城茂と変更し、右訴状の請求の趣旨2と同一趣旨の判決を求める申立てをしたものであることがあきらかである。

二、 右事実によると、原告は、訴状訂正申立書において、請求の趣旨を減縮したけれども、当初から被告がなした昭和二八年五月二七日付(後に五月二二日付と訂正)の更正決定書なる標題による本件課税処分の取消しを求めていたものであることがあきらかであつて、この点被告の認めているところでもあり、右訴状の請求2に関するかぎり、原告が被告を八幡浜税務署長とすべきであるのに、これを国と誤つたものと認めることができる。

三、 なるほど、行政事件訴訟特例法第七条一項は、その文言上は、抗告訴訟において行政庁たる被告を誤つた場合に、本来の被告たるべき行政庁に変更できることを規定したものと解すべきであるようにうけとられないこともないが、同法条は、主として、抗告訴訟における原告の出訴期間の制限による不利益を救済することを趣旨として設けられたものであることにかんがみ、右文言は、もつぱら抗告訴訟における通常の場合を予想して立てられたものであり、本件におけるごとく、本来国の行政庁を被告とすべきを誤つて国を被告とした場合においては、被告の変更を許さないことまで意味するものでないと解するを相当とし、原告が被告の表示を誤つたことに過失があるけれども、重大な過失があるとは認めがたいので、同法条一項にしたがい、本訴における被告の変更は適法になされたものというべきである。

四、 そうすると、本訴は、同法条二項により、原告の訴状提出の日たる昭和二九年一二月二八日に出訴せられたものとみなされるところ、請求原因一、の事実は当事者間に争いなく、成立について争いない乙第九号証の四によると、原告が本件課税処分にかかる昭和二九年九月二七日付の審査請求棄却決定の通知の送達を受けたのは同年一〇月二日であると認めることができ、そうすると、本訴は、その翌日から三月以内に提起せられたこととなるので、適法な訴えというべきである。

第二本件課税処分の内容

一、 原告の昭和二四年度における営業が石油精製業(石油の部)漁業(漁業の部)およびくずし製造(くずしの部)の三部門よりなり、漁業の部およびくずしの部の損益計算が別紙(三)の総合損益計算書のとおりであることは当事者間に争いなく、それによると、原告の主張する漁業およびくずし部門の利益金五二万五、七三二円の内訳は、正確にいうと前者が八、八九〇円一八銭、後者が五一万六、八四二円となることがあきらかである。

二、 そうして、右争いない事実と成立について争いない乙第一ないし第五号証、第六号証の一ないし七、第七、八号証 第九号証の一ないし四、証人福島貞好の証言および同証言により真正に成立したと認められる乙第一一号証を総合して考えると、被告の主張1の事実および2の各事実をすべて認めることができ、右2の貸借対照表および損益計算書の各科目の修正理由は税務会計の原則に適合しているものと認めることができ、右認定に反する証拠はない。

三、 右認定事実によると、原告の計理上昭和二四年度における石油の部の利益金は一二、三〇六、六七八円六五銭であることがあきらかであつて、それは(期末在庫品(棚卸)四、五三五、四五一円九四銭+油再生収入二九〇、〇〇〇円+油類売上四五、一九七、八〇〇円三〇銭+容器売上二四二、五七九円五三銭+その他の収入五、二八〇円)-(期首在庫品二、七九七、三五七円七五銭+油類仕入二九、八三〇、一三八円四一銭+製缶原料仕入五七九、七五二円六〇銭+直接間接の諸経費四、七五七、一八二円四四銭)の算式によるものであるところ、商社でない原告においては、油類仕入は、その全部ないし大部分が原料品であると推察するを相当とするので、右石油の部の利益金は本件原油(期首在庫品の全部または一部)を原料とした製品の販売益金のみでなく、同年度に仕入れた原油を原料とした製品の販売利益がかなりの量ふくまれていることがあきらかであるが、両者の数額の区分を示す証拠はないので、本件原油を原料とした製品の販売利益がいくばくであるかは、これを確定しがたい。

第三請求原因(一)について

一、 原告の請求原因(一)について、原告は、本件課税処分が違法であることを繰り返し主張するも、その趣意はかならずしもあきらかでないのであるが、請求原因3および4の主張の立証の方法として甲第四号証および同第九号証を提出していることにかんがみ、原告の主張の要旨は、本件原油の給付が国の原告に対する損失補償であることの前提に立つて、本件課税処分は、被告が課税権行使上その裁量を誤つた瑕疵があり、それが取消しの理由となるというものと解するを相当とするので、請求原因(一)の事実摘示のとおり、原告の主張を構成したのである。

二、 そこで、他に論点がなくはないが、本件原油の給付が原告のいうところの国の原告に対する損失補償であるかどうかの点について考察することとする。

1  つぎの事実は当事者間に争いない。

(一) 本件原油は旧海軍の職用物資であつて、呉市広地区の貯油槽に貯蔵されていたものであること。

(二) 原告は、出光興産に対し呉市広地区の貯油槽もしくは同所岸壁渡しの価格で一キロリツトルあたり二〇〇円を売買代金として支払い、昭和二一年中あるいは同年と昭和二二年度にかけて、同会社から本件原油(その一部?)たる四、〇七〇キロリツトルの原油の引渡しを受けたこと。

(三) 原告の帳簿上昭和二一年度末における本件原油の価格は一〇四万八、八三二円〇五銭となつていること。

(四) 当時における原油の一般価格(統制価格であるかどうか不明)は、帝国石油株式会社の引渡し価格一キロリツトルあたり一、一〇五円であつたこと。

2  ところで、証人安部正広の証言、成立について争いない甲第一号証および原本の存在とその成立について争いのない乙第一〇号証、ならびに弁論の全趣旨によつて原本の存在とその成立の認められる甲第一四号証の一、二、三を総合して考えると

(一) 本件原油は、旧海軍の呉市広地区所在の第一四号貯油槽および第一五九号貯油槽に貯蔵せられていたものであるが、終戦後連合軍の支配下におかれ、旧海軍省から当時の内務省(転用課)へ保管換えがなされたものであること。

(二) 昭和二一年七月以前において、本件原油は、すでに連合軍の指示あるいは了解のもとに、国から当時原油の配給統制機関であつたはずの石油配給統制株式会社へ払下げられていたものであつて、あるいは、当時同会社から出光興産に対し譲渡せられていたこと。

を認めることができ、右認定に反して、本件原油の所有権が当時国にあつたという証人川端文雄、同牧野康平および同向井亨らの各証言部分、ならびに、本件原油の所有権が当時国にあり、その管理権が商工省にあつたという証人池田欽三郎(第二回)の証言部分は、前掲証拠に対比して措信しがたい。

3  右認定事実と甲第一号証、証人池田欽三郎(第一、二回)同安部正広および同牧野康平の各証言を総合して考えると、原告の代表者たる青木は、終戦後、政府に対し、原告が昭和一六年ころ、政府の行政指導にしたがわず、他会社との合併に応じなかつたため、当時から終戦時まで原油料油配給を停止せられたことによる損失の補償を強く要求して陳情し折衝していたところ、昭和二一年七月二〇日にいたり、商工省池田鉱山局長が、当時の原油取締規則により、前記のとおり内務省から石油統制株式会社に対し払下げられていた本件原油を、青木のいう損失補償問題解決の方法として、特に原告に対し配給することとしたものであることを認めることができ、右認定事実に反する証拠はない。

4  なるほど、原告のいう示達書たる甲第一号証に「昭和一六年一〇月以降の原告に対する原料油供給停止に関する補償として、一回を限り原料油(本件原油)を供給すること」との内容の記載があることを認めることができ、原告は、右記載を基として、本件原油の給付が国の原告に対する損失補償であるというもののごとくであるけれども、前記2の認定事実と国の国民に対する損失補償の法理から考えて

(一) 当時国が原告のいうごとき損失補償をするについては、そのことを定めた法令がなければならないはずであるのに、その法令は存在しておらず、もとより、鉱山局長が独自にそうした損失補償について、私法上の契約を締結する権限を有していたことの根拠はないこと。

(二) 当時本件原油の所有権はすでに国にはなかつたものであるが、もし前記2におけるこの点についての認定が誤りであつたとしても、その管理と処分の権限は商工省にはなく、内務省にあつたものであること。

から考えて、池田鉱山局長において、本件原油を国から原告に対し譲渡することの権限を有していなかつたことが明白であるので、右甲第一号証中の記載は、前記3の認定のとおり、本件原油の配給が青木の陳情においていう損失補償問題の解決方法としてするものであることをあきらかにしたものであるということができるので、同号証は、前記認定のさまたげとなるものではない。

5  なお、甲第一四号証の三によると、池田鉱山局長は、本件原油の配給価格を当時一般におこなわれていた帝国石油株式会社の引渡し価格一キロリツトルあたり一、一〇五円と比べて格段に低額である一キロリツトルあたり二〇〇円と定めたことを認めることができるところ、その価格指定の法令上の根拠はあきらかでないのであるが、証人安部正広および同向井亨の各証言を総合して、本件原油はこれを廃油として扱つたのではないかと疑えないこともないが、同両人の証言等により、本件原油はその品質が粗悪なものであつたとうかがうことができるので、池田鉱山局長は、価格指定の権限があつて、一般の価格よりも低額に定めたものというよりほかなく、また、証人向井亨の証言によると、他の業者に対する同種の原料油の配給価格も原告に対すると同様であつたとうかがうことができるのであつて、とにかく、本件原油の配給価格が一般の価格より低額であつたということにより、国が原告に対し私法上の契約により損失補償をしたものと言えないことは、上述したところによりあきらかである。

三、 したがつて、本件原油の給付が国の原告に対する補償であることを前提とした原告の請求原因(一)の主張は、その余の判断をまつまでもなく、理由がないというべきである。

第四請求原因(二)および(三)について

一、 請求原因(二)における原告の主張は、要するに、被告がその職権ないし職務として、本件原油の昭和二一年度期末における棚卸価格、すなわち帝国石油株式会社の引渡し価格一キロリツトルあたり一、一〇五円をもつて評価し、その取得価格一〇四万八、八三二円〇五銭との差額を原告の同年度の利益金としてこれに法人税を賦課すべきであつたという趣旨に帰し、請求原因(三)における原告の主張は、昭和二四年度における本件原油を原料とした石油製品の販売利益を算出するにあたつては、右昭和二一年度期末の棚卸評価額(昭和二一年七月の取得時における時価)を基とし、その製造原価を定めるべきであるとの趣旨に帰するのである。

二、 そこで、昭和二一年度当時における法人税課税にあたり、一般に棚卸資産の評価益がどう取扱われていたかを検討する。

1  成立について争いない乙第一二号証の一、二(旧法人税法)によると、昭和二一年度当時法人税法上棚卸資産の評価損益に関する規定がなかつたことがあきらかであり、成立について争いない乙第一三号証によると、当時は、納税者が棚卸資産の評価益をその利益金として所得申告をした際には、税務署は、これをその所得として法人税を賦課する取扱いであつたが、申告のない場合に、税務署が進んでその調査をしないことの建前であつたと認めることができる。

2  いうまでもなく、棚卸資産の損益の評価は、その取得価格あるいは前期の棚卸価格と対比して両者のプラスあるいはマイナスの差額を算出する必要があるところ、本件原油におけるごとく、一時に一の相手方から同一品目の品物を仕入れたような例では、その取得価格と時価との対比がさほど困難でないとしても、商社のごときについて、多数品目の商品を多数の仕入先から時期を異にして仕入れたものを、年度末に個個的(一の法人)について調査することでも税務署にとつては容易でないのに、多数の法人について調査することは困難であり、もし、評価損についてまで税務署が調査の義務をおうとするにおいては、ことに申告ない例について、その評価損を算出しないで課税した結果その課税処分の適否が争われうるとすると、税務署のおう労力の負担はきわめていちじるしいものがあり、事実上不可能をしいることとなることが容易に推察されるので、前記法人税処理の取扱いは、十分是認することができる。

三、 したがつて、本件にかぎつて、しかも、弁論の全趣旨として原告は昭和二一年度について法人税の確定申告をしなかつたと認められるのに、被告が職務上本件原油の棚卸評価益を調査する義務をおうことの根拠はこれをみいだしがたいので、被告が同年度期末において本件原油の棚卸評価益を原告の利益金としてこれに法人税を賦課しなかつたから、同年度の法人税課税権が時効により消滅したという原告の請求原因(二)の主張はすでに失当であるが、そのことのゆえに、昭和二四年度における石油製品の販売利益全額について課税権が消滅したという原告の主張は、論理の飛躍した暴論というほかない。

四、 また、原告が昭和二一年度以降において本件原油の時価による評価換えをしてその記帳をしていないかぎり、昭和二四年度において本件原油を原料とした製品の製造原価は、会計理論上その取得価格たる一〇四万八、八三二円〇五銭を基として算出するほかないのであるが、前記第二の三、のとおり、原告の昭和二四年度の石油の部の利益金(石油製品の販売利益金等)の計算は右の方法によつたものであるから、右原価計算は昭和二一年度期末の棚卸評価額(昭和二一年七月の取得時における時価)を基として定めるべきであるという原告の予備的請求原因(三)の主張は、これまた論拠のないものというほかない。

第五結語

よつて、原告の本訴請求は相当でないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 水地巌 裁判官 梶本俊明 裁判官 梶村太市)

右は正本である

昭和四八年一二月二七日

同庁

裁判所書記官 桐山真澄

別紙(一)

修正貸借対照表

〈省略〉

別紙(二)

修正損益計算書

〈省略〉

別紙(三)

業種別損益計算書

〈省略〉

別紙(四)

法人税計算書

〈省略〉

(備考)

(イ)超過所得

a 払込資本金一、〇〇〇、〇〇〇円+期首積立金二六六、五九五円×12/12=一、二六六、五九五円

b a×三〇%=三七九、九七八円

c 普通所得一二、八三二、四一〇円-b=一二、四五二、四三二円

(ロ)三割超過所得に対する税額

d a×五〇%=六三三、二九七円

e a×一〇〇%=一、二六六、五九五円

f d-b=二五三、三一九円

g b×一〇%=二五、三三一円九〇銭

(ハ)五割超過所得に対する税額

h e-d=六三三、二九七円

i h×一五%=九四、九九四円七〇銭

(ニ)一〇割超過所得に対する税額

j 普通所得一二、八三二、四一〇円-e=一一、五六五、八一五円

k j×二〇%=二、三一三、一六三円

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